ヘブライの館2|総合案内所|休憩室 |
No.a6fhe800
作成 1999.1
あるユダヤ人が天皇と日本について語った文がある。
彼の名はモルデカイ・モーゼ。戦時中にルーズベルト大統領のブレーンとして日本を研究し、戦後の対日処理立案(GHQ政策)にも加わったという。彼は『日本人に謝りたい』という、極めて異例な内容を含んだ本を残している。
彼はこの本の中で、「共産主義」はユダヤ人が作り出したものだと言明し、日本を揺るがした美濃部達吉の「天皇機関説」もユダヤ人ゲオルグ・イエリネックによる国家機能弱体化運動の一環であったとか、宮本共産党委員長を育てたのもユダヤのラビ(ユダヤ教指導者)だったとの衝撃的な事柄を記述しているが、
その上でこのユダヤの長老モルデカイ・モーゼは「実はユダヤ人は日本を誤解していた。日本こそユダヤの永遠の理想がある」と言い切り、「日本人に謝りたい」と語っているのである。
『日本人に謝りたい ~あるユダヤ長老の
懺悔~』モルデカイ・モーゼ著
(日新報道)1979年出版
── 著者の紹介 ──
モルデカイ・モーゼ
(Mordecai Moses)
1907年、ウクライナのオデッサ生まれ。父親は
哲学者で革命家(ロシア革命では指導的役割を果たした)。
レーニン没後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけ、
父親と共にワイマール体制下のドイツへ亡命(父親は美濃部達吉に
「天皇機関説」を吹き込んだゲオルグ・イエリネックと親交を深める)。
ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、「国際連盟労働局」で極東問題を
担当。1939年8月、独ソ不可侵条約が結ばれるや、いち早くその本質が
ユダヤ勢力の抑圧にあることを看破し、満州国のハルビンを経て上海に亡命。
「サッスーン財閥」の顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。
1941年にアメリカへ亡命し、ルーズベルト大統領のブレーントラスト
として活躍、1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画した。戦後
十数回来日、日本研究を楽しみに余生を送る(1979年現在)。
下のファイルは、この本の中で重要だと
思われる部分を抜粋したものです。
※ 各イメージ画像は当館が独自に追加
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日本人に謝りたい
~あるユダヤ長老の懺悔(ざんげ)~ |
|
第1章 |
戦前の日本に体現されていた
ユダヤの理想 |
---|---|
第2章 |
二元論的思考法
~典型的なユダヤ的思考パターン~ |
第3章 |
日本人の知らない
東京裁判の本質 |
第4章 |
日本国憲法は
ワイマール憲法の丸写し |
第5章 |
共産主義はユダヤ人が作った
|
第6章 |
GHQのニューディーラーの
戦後処理計画の秘密 |
── この本についての補足説明 ──
この『日本人に謝りたい』(日新報道)は、今から20年前の1979年に出版された本である。ずいぶん古い本であるが、核心を突いた鋭い指摘をしている箇所があり、かなり中身の濃い本だと思う。特にマルクス主義とニューディーラーとユダヤ人の関係について詳しく説明されているので、参考になる。
しかし、ところどころ疑問に思う部分があり、困惑させられるのも事実である。また、この本の著者自身、本当に実在するユダヤ長老なのかどうかも確認できておらず、未だに当館はこの本に書かれている内容が、どこまで正しいのか明確な判断が下せない状態である。
(※ 追記:この後、当館に寄せられた情報によると、このユダヤ長老は実在する人物のようである)。
とりあえず、この本の中で重要だと思われる部分を抜粋して「参考データ」としてこのページに保管しておきます。(内容の判断は各自にまかせます。あくまでも“参考”程度にご覧になって下さい)。m(_ _)m
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