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作成 2002.7

 

ナチスの科学アカデミー
「アーネンエルベ」

 

 

●ナチス・ドイツの様々な組織の中にあって、ひときわ異彩を放っているのが「アーネンエルベ」である。正式名称は「ドイチェス・アーネンエルベ(ドイツ古代遺産協会)」で、もともとは、1933年に設立された民間団体だったが、その後、ナチス・ドイツの公式機関となったのである。

1939年に「アーネンエルベ」はナチス親衛隊(SS)に吸収され、SSの他のセクションと同等の支部にまで昇格し、SS長官ハインリヒ・ヒムラーの個人的傾向と相まって、いわばSSの研究教育団体として認知されるに至った。

 

 
「ドイチェス・アーネンエルベ(ドイツ古代遺産協会)」本部

 

●やがて、ナチス・ドイツが第二次世界大戦に突入してゆくと、「アーネンエルベ」の傾向と実際の任務も過激な、より暗い方向へと進むようになる。「アーネンエルベ」は最終的に50もの部局をもつ大組織となり、映画「インディ・ジョーンズ」に登場するようなオカルトの特殊情報部もあった。

研究項目はヘルビガーの異端的宇宙論「氷宇宙説」の立証をはじめ、地球空洞説の調査、錬金術、レイ・ラインの確認、アイルランド竪琴禁止の意味などなど、非常に多岐にわたっていたようだ。

ちなみに、「アーネンエルベ」はナチスのエリート学者が多かったため、アーネンエルベ関係者であることは一種のステータスだったという。

 

 
右の男は映画『レイダース/失われたアーク』に登場する
「聖櫃(アーク)」を探索するナチスのエージェント。
「アーネンエルベ」がモデルになっている。



「アーネンエルベ」が発行した機関誌『ゲルマニア』

ナチスの御用学者たちはナチスの世界観に合うように歴史を歪めた

 

●「アーネンエルベ」の調査目的地は、ヨーロッパばかりではなかった。遥か東方に対しても、その目を向けていた。

ナチスに集う神秘主義者たちにとってチベットは、古代アーリア民族の原郷として幻視されていた。アーリア人=チベット起源説を実証するため、「アーネンエルベ」の傘下に「スヴェン・ヘディン協会」が設立され、チベットに調査団を送り出している。スヴェン・ヘディンとは、トランス・ヒマラヤ山脈を発見し、ロブ・ノール湖の移動を確認した20世紀最大の探検家の名である。

 


チベットを調査するシェーファーSS少佐(左)と
民族学者ブルーノ・ベガー(右)。この2人は
「アーネンエルベ」のメンバーであった。

 

●多岐にわたる「アーネンエルベ」の研究項目の中で、ぞっとするのは「人種・遺伝問題研究部」である。捕虜の生体実験をはじめ、数々の非人道的研究実験が行われ、数多くの人間が実験台にされて苦悶のうちに死んでいった。

「アーネンエルベ」の事務長、ウォルフラム・フォン・ジーバス博士は、黒いアゴ髭をはやし、ファウスト伝説の悪魔メフィストフェレスにそっくりだった。

 


「アーネンエルベ」の事務長
ウォルフラム・フォン・ジーバス博士

戦後、連合軍に逮捕されて処刑された

 

●優越民族アーリア人種の純血保存のために“劣等民族”を絶滅させる目的で、最初の断種実験が行われたのは、アウシュヴィッツ収容所の囚人に対してで、薬剤、外科手術、さらには強力なX線照射などで効果を試してみたという。

1941年には、ストラスブルク大学解剖学研究所の依頼で、東部戦線での捕虜多数の頭蓋骨を綿密に測定した上で、頭蓋骨を傷めない方法で死に至らしめ、頭を切り離して、ブリキ缶に入れて密封し、同研究所まで送ったという。ジーバス博士はニュルンベルク裁判で、この点を追及され、「人類学上の測定」をしたのだと答えている。

 


「アーネンエルベ」のエンブレム

 

●「アーネンエルベ」の実態について、アメリカのドキュメント映画作家であるシドニー・カークパトリックは次のように述べている。

「アーネンエルベは、ヒムラー(SS長官)が設立したナチスの頭脳集団で、ドイツ人の祖先であるアーリア人の偉業をあらためて発見し、若者の教育、雑誌・論文・書籍の発行、博物館の展覧会の後援、科学研究の実施によって、そうした研究結果を大衆に伝えることを目的としていた。

そこでの仕事は“必要不可欠”と見なされていたので、軍役を避けたい学者や知識人にとっては、ことに魅力的だった。幹部には特別製のSSの制服にくわえ、印鑑付き指輪と儀式用の短剣が与えられた。 〈中略〉

当時(ポーランド侵攻直前)、アーネンエルベは研究者や科学者100人以上を雇っていて、映画製作者、写真家、芸術家、研究室の助手、会計士、秘書を、その倍も抱えていた。さらに数千人が、教育機関に浸透していた。アーネンエルベの指示に従わない教授たちは、徐々に辞めさせられた。大学教授になりたければ、アーネンエルベに入会するか、少なくともそれを賞賛しなければならなかった」

 

 

 


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