No.b1fha501

作成 1998.3

 

ヒトラーが放つ妖しいオーラの謎

 

●ヒトラーは歴史上初めてマスメディアをフルに活用した人物であった。彼以前には、大集会や放送、映画を宣伝目的に利用した政治家はいなかった。

当時、ヒトラーの演説を見た人々は、その際立った雄弁さと独特の雰囲気を評して、「悪魔」が手を貸している様だったと語っている。

 

「煽動政治家」としてのヒトラーの武器は、週に数回もこなすという
熱のこもった演説である。それは大衆の心をつかんで離さないものがあった。

 

●正統派の思想家として知られるデニス・ド・ルージュモンはこう言っている。

「私はヒトラーの演説を聞いたことがある。どこからあのような超人的エネルギーが生じてくるのだろう。

あの種のエネルギーというのは個人のものではない。あれは個人がどうでもよくなった次元においてのみ可能なのであり、我々の心理では理解し得ぬ“力”の表われなのだ……」

 


ヒトラーの熱のこもった演説風景

 

●高名な心理学者カール・グスタフ・ユングは、ヒトラーについてこう評している。

「ヒトラーは真に神秘的な呪師の範ちゅうに属する人間である。彼は予言者の目をしている。

彼の力は政治的なものではない。それは魔術である」

 


カール・グスタフ・ユング

 

●興味深いことに、青年時代からヒトラーの存在感は強烈だったらしく、彼を記憶する人々は口をそろえて、その異様な雰囲気を描写している。

「射るような目」「催眠術師の目」「狂気に近い異様に澄んだ目」などなど……。

 

ヒトラーはローマ帝国のネロに自分をなぞらえていた。
ネロの単純明快さが好きで、天賦の才を持つ人間は自ずと
 周囲に「異彩」を放つものだと信じていたのである…。

 

●青年時代のヒトラーの唯一の親友だったアウグスト・クビツェクは、ヒトラーについて次のように語っている。

「アドルフ(ヒトラー)は鼻筋が通っており、すっきりした顔立ちでした。額、鼻、口はわりと平凡ですが、には他の部分とは際立った特徴がありました。何と表現してよいかわかりませんが、アドルフほど顔の中でが際立っている人間を見たことがありません。母親と同じ明るい目でした。

しかし、何かこわばったような、貫くような眼光は母親以上で、圧倒的と言えました。そしてさらに力強く、表現力のあるでした。特にアドルフが話すとき、このは変化に富み、ぞっとするほどでした。低くよく響く彼の声さえも、に比べれば大したことはありません。アドルフは実際、で話していたのです。口を閉じていても、彼が何を言いたいか、私にはわかりました。

彼が初めて私の家に来たとき、私は彼を母に紹介しましたが、その晩、母は寝る前に言いました。

『おまえの友達はなんて目をしているのでしょう!』

今でもよく覚えていますが、そのときの母の言葉には、賞賛よりも驚嘆がこもっていました。

『青年時代のヒトラーの非凡性は、どこに顕著に表れていましたか?』とたまに質問されることがありますが、私はいつもこう答えています。

『目に!』

もちろん、彼の弁舌の才も際立っていました。私は彼の弁舌を喜んで傾聴していました。彼の弁舌はとても洗練されていました。〈中略〉

疑いなく、アドルフには少年の頃から弁舌の才がありました。彼自身にもそれがわかっており、好んで長広舌をふるっていました」

 


(左)青年時代のアウグスト・クビツェク(ヒトラーの唯一の親友だった)
(中)戦後、ヒトラーとの交際について回想録をまとめるクビツェク
(右)出版された回想録『我が青春の友 アドルフ・ヒトラー』

 

●ところで、ミュンヘンで美術出版社を経営するエルンスト・ハンフシュテングルは、後にヒトラーと親交を結ぶことになる人物であるが、そのハンフシュテングルの“初ヒトラー体験”はヒトラーという男の“魔力”を見事に描写している。

「……夢からさめたような気分で周囲を見まわすと、驚いたことに聴衆の態度一変していた。

……つい1時間前までは……ありとあらゆる罵詈雑言を投げつけた大衆の抑えられた苛立ちが、深く感動した連帯感に変わっていた。人々は息をひそめて耳をそばだて、ヒトラーの一語一語飲みこんでいた……。

近くの一人の女性は……ある種の献身の陶酔に浸っているかのようにヒトラーの顔を凝視し、もはや忘我の境にあって、ドイツの偉大な未来に対するヒトラーの盲目的な信仰の魔力に完全にとりこにされていた……演説はやがて『言葉のオーガズム』ともいうべきクライマックスに達した。……聴衆は熱狂的な拍手を送り、テーブルを叩いた」

 


誕生間もない党の集会で、立ち上がり熱弁をふるう
ヒトラーの勇姿を描いた絵画。これを機に天性の
煽動家としての才能を発揮していく。

 

●1938年に刊行された『わたしはヒトラーを知っていた』の著者クルト・リューデッケも、次のように記している。

「わたしは……この男の話を聞いた時に自分を襲う感覚をどう表現すればよいのかわからない。彼の言葉はムチのように強く……彼の説く福音は聖なる真実だ。まるでルターの再来のようだ。

わたしは何もかも忘れ、彼に集中した。そしてまわりを見渡すと、彼の磁力は何千もの人びとをひとつにしていたのである。この男の発散する強烈な意志裏表のない情熱が自分に流れ込んでくるようだった。

この高揚感は、宗教的覚醒でしか起こらないような体験だった……」

 


ナチスの党本部食堂にて
ヒトラーを囲むドイツの若者たち

 

●自由都市ダンツィヒ(現在のグダニスク)の最高の行政担当者だったヘルマン・ラウシュニングは、直接ヒトラーに会ったときの感じを次のように語っている。

「どうしても霊媒を考えてしまう。この霊媒というのは、普段はおよそ眼につかぬごく平々凡々とした人物なのだ。

ところが突然、あたかも空から降ってきたかのように超能力を生じ、通常の人々がとうてい届き得ない高みへと舞い上がる。このような能力は彼らの真の人格の中にあるものではなく、外から来るものなのだ。それは他の天体からの訪れ人のことである。

霊媒は憑かれるのだ。憑きが落ちると、彼は再び平々凡々の人物に戻ってしまう。

疑いもなく“ある種の力”がヒトラーをよぎるのはこのような形においてなのだ。ほとんど悪魔的と言っていいほどの“ある種の力”が彼をよぎるのだが、このヒトラーという名の人物はその力がほんの一瞬だけ身にまとう束の間の衣に過ぎないのだ。

ヒトラーと接触を持つと、このようなごく平凡なものと世にも不思議なものとの結合、どうにもやりきれないような二元性が感じ取られる。まるでドストエフスキーの作中の人物のようだ。事実、病的な無秩序と濁った力の結合であるこの奇妙な顔つきを見る時、誰でもこのような印象を受ける」

 


(左)ヘルマン・ラウシュニング(元ナチ党員)
(右)彼の著書『ニヒリズム革命』(学芸書林)

彼は1934年末まで自由都市ダンツィヒの
最高の行政担当者として、ヒトラーの東方政策に
関わった。その後「反ヒトラー」に転じ、国外に亡命。
1938年に、ナチズム批判の古典といわれる
『ニヒリズム革命』を出版した。

 

●また、ヒトラーの側近であり、後にナチズムを離れたシュトラッサーもこう言っている。

「ヒトラーの言うことに耳を傾けていると、突然彼は人間離れした栄光に輝き出す……。薄暗い窓の外に光明が現われるのだ。

喜劇的なチョビひげを生やした人物は、すなわち“天使”と化す。

だがやがてこの“大天使”は飛び去ってしまう。と後に残されたヒトラーは全身に冷や汗をかき、濁ったガラスでできたような光のない眼つきになり力なく腰を下ろす……」

 

ラウシュニングらが指摘するように、
ヒトラーは「霊媒者」だったのだろうか?

それともなにか普通の人間には理解不能な
「特殊な技能」の持ち主だったのだろうか?

 

●他の目撃者たちも同様にヒトラーが突然「恍惚状態」に陥ることを報告しているが、なかには一種の「心霊体現象」が見受けられたとし、さらに恍惚状態が去った後では、まるで使い切った電池のようなものだった、と意味深長な形容をしている。

 


ヒトラーの演説に熱狂して「ジークハイル!」「ジークハイル!」と
歓声をあげるドイツ国民たち(興奮が伝わってくる一枚である)



 このヒトラーを頂点とする独裁国家は、中世の「神聖ローマ帝国」、
1871年に成立した「ドイツ帝国」に続いて「第三帝国」と呼ばれた



ところで意外に思う人もいるかと思うが、ヒトラー研究家によると、
ヒトラーは女性にモテたという(女性だけの集会が各地で開かれたという)



ヒトラーに歓声をあげる女性たち…

 

●前出のヘルマン・ラウシュニングは、1934年のある日、ヒトラーの知人グループのある賢明な婦人が、ヒトラーがうちとけた態度をしていたときに、こんなふうな警告をしたことがあると、伝えている。

「総統、黒魔術をお選びになってはいけません! 今日ではまだ、白魔術黒魔術のどちらも、あなたの自由に委ねられています。でも、いったん、黒魔術をお決めになってしまうと、それはもう決してあなたの運命から消え去ることはなくなりますよ。

早くて安易な成功を選んではいけません。純粋な霊たちの国の権力が、あなたの手に委ねられているのです。あなたの創造力を奪うような、地に縛られた存在によって、あなたの本当の道からそらされてはいけません!」

 

 

●この有名なエピソードから、ヒトラーの「水晶の夜」以降の変質──「あやまちなき予言者」から「狂った虐殺者」への変身を、黒魔術に頼りすぎてその予知能力が曇ってしまったためだ、とする説がある。

ちなみに「水晶の夜」とは、1938年11月9日の夜に起きたユダヤ人迫害事件のことである。

この暴動はナチス親衛隊によって巧みに組織され、扇動されたもので、これによりベルリンをはじめとする全ドイツでユダヤ人迫害の嵐が荒れ狂ったのである。この夜は、ドイツ国内のユダヤ人にとってまさに絶望の一夜だった。

そして、この翌年にヒトラーは第二次世界大戦を引き起こしたのであった……。

 


1938年11月9日の「水晶の夜」事件で破壊されたユダヤ人商店街

※ 砕け散った窓ガラスが月明かりに照らされて水晶のように輝いた
ことから「水晶の夜(クリスタル・ナハト)」と呼ばれている。
右の画像は翌朝、砕け散った窓ガラスを掃き集める青年。

 

 



── 当館作成の関連ファイル ──

アメリカの極秘文書が伝えるヒトラーの意外な素顔 

 


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