No.a6fhc105

作成 1998.1

 
ベラスコの告白
 

~20世紀情報戦争の舞台裏~

 

── 高橋レポート ──

 

■Part-1


潜水艦の運用経費はナチ党の負担なのか。私(高橋)のこんな質問に対して、ベラスコから意外な答えが返ってきた。

質問の主旨は、TO諜報機関やSS情報組織が、もはや戦後だというのに戦時体制並みに機能しているのはなぜか。維持経費も相当な金額になるだろう。ナチ党の隠し財源が豊富だからとはいえ、Uボートまで活用するとなれば、その燃料や食料、人件費を含めた運営費は膨大だ。事実かどうかは別だが、終戦時に百数十隻のUボートと25万人の乗務員が理由不明のまま消えたとする終戦ドイツ政府の戸籍調査結果があるといわれている。ボルマンらの逃亡例をみるかぎりでは、あり得ない調査結果でもない。

例の工作員フェリペがいう天文学的なナチ党資金量は怪しいが、いずれにせよ手もち資金の残りにも限界がくるだろう。敗戦国ドイツの経済破綻がナチ党の復興資金を生みだすまでには相当な年月が必要だろうからだ。ドイツ経済復興までのあいだ、隠し資金で軍事組織並みの大出費を重ねながら捲土重来を期すのは不可能なのではなかろうか。

ソファーに座ったベラスコは、私の疑問をけげんそうな顔つきで聞きながら、「カネの心配などない」といい切った。天文学的資金を保持しているからなのか?

「そうではない。ドイツ国民の税金や献金、それに隠匿資金でもない。もっと別の資金源のことだ」とつけ加えた。

別の資金源とは、ヒトラーのナチス・ドイツを軍事力で崩壊させた国際資本家グループに対抗する別の国際資本家グループのカネのことだという。ナチ党とドイツはその資金力で復興するのだから、Uボートの経費など問題外だという。

よく飲みこめない。そこでベラスコは次のようにつけ加えた。第一次大戦で賠償金膨れの文なし国ドイツに転落させたのも、再びその弱体化したドイツに第二次大戦を始めさせたのも、同じ国際資本家グループなのだ、と。

 


アドルフ・ヒトラー

 

そういえば、例の地下官邸でヒトラーはアメリカの原爆開発の詳細をベラスコに求めたものの、埒があかないとみて、「アメリカにいる私の友人たちも気にしているだろう。聞いてみよう」と口走った。21億ドルもつぎこんだアメリカの超極秘国家事業の原爆開発計画事情を自国のスパイ以上に知る「アメリカの友人」、そういった人物らが関係者なのだろうか。原爆計画に関与したほどの大物なら、潤沢な資金提供も可能だろう。

それにもう1つ、1929年と1931年にヒトラーのナチ党の前身「ドイツ社会労働党」は、アメリカの国際資本家グループから、それぞれ1000万、1300万の米ドル献金を受けている。ナチ党が主導権を握った1933年には700万米ドルの献金を同一グループから受けていた(UPI報道)こともあるという。アメリカにかぎらずドイツ国内や英国、フランス、オランダなどの国際資本家グループの資金もいったんナチ党の金庫に収納されれば、ベラスコの言う通り、それらが資金源になってスパイ組織網やUボートの維持経費に費やされるのだろう。

 

 

ベラスコの戦後は、ボルマンのナチス復活宣言──とはいっても、その宣言を聞いていた聴衆はベラスコ1人で、しかもその会場はUボートの狭い密室なのだが──を聞かされる場面から始まった。ボルマンの決意のなかには、当然ヒトラー第三帝国の敗因と教訓が下敷きにあった。ベラスコは小さな密室で新・旧ナチスの最高機密を“スパイ”できたことになる。

が、弱いのはその真実が第三者に伝えにくい点だ。人は客観証拠を求める。スパイの発言がいとも簡単に回顧録から除けものにされるゆえんがここにある。スパイが(単独で)得た真実は、いつも片利きの宿命に支配されつづける。

「諸君の成功は公表されないが、失敗は喧伝される」とは、CIA本部ビル落成記念式典で演説したケネディ大統領の言葉だそうだが、孤独の美学らしきものを抱かないと、スパイ商売には向かないようだ。そのくせ内心の真実だけは隠しきれず、他人からすぐにスパイされてしまう。

スパイ好きの作家ラディスラス・ファラゴにいわせれば、粗野で残酷なロシア人スパイ、シニカルで偽善好きな英国人スパイ、謀略好みのフランス人スパイ、策略好きなイタリア人スパイ、実利的でナイーブなドイツ人スパイ、単純で好奇心だけの日本人スパイ、といった具合だそうで、スパイ本人の性格のみならず国民性までつかみだされてしまう。ベラスコはさしずめ、勇猛果敢で底抜けのスペイン人スパイ、が似合いそうだ。

レーニンはマルキスト、スターリンはテロリスト、フルシチョフはツーリスト(旅行狂)、ブレジネフはモトリスト(自動車狂)、アンドロポフはチェキスト(秘密警察狂)──これらはモスクワ市民のあいだの駄酒落だそうだ。その尻馬に乗っていわせてもらえば、教会生まれのベラスコにはエバンジュリスト(宣教師狂)が向いているかもしれない。



ナチス上層部によるスパイの「品定め」は正解だった、とそんなふうにベラスコは自分の地下官邸への配属を自己評価する反面、ヒトラー総統の墓守にすぎないスパイの哀感をも同時にかみしめていたようだ。だが、総統とともに死地へ向かう名誉を得たスパイの一人と信じることで、スパイの美学を成り立たせたのだろう。

ベラスコはUボートに乗ってはじめて、ベルリン地下官邸に呼ばれた本当の理由を知った。ベラスコはナチズムの復興計画、つまり第三次世界大戦計画の実行要員だったのだ。ナチ党復活計画は、1945年3月、スペイン人ドクター・ゴメスことスパイ、ベラスコが地下官邸に呼びこまれた時点で事実上実行に移されたことになる。

仮に第三次世界大戦が新ナチス・ドイツの手で勃発した場合は、ベラスコの偽造パスポートがドクター・ゴメスの偽名で仕上がった時点からはじまったと後世の歴史家は書くかもしれない。

ボルマンのナチス復活の話を聞く前に、復興計画のメンバーに見立てられたベラスコのスパイ活動の実績と、当時の世界の情報機関の模様をながめてみた。ベラスコはまぎれもない「超スパイ」だった。

 

■Part-2


ところで、ヒトラーの遺志を受け継いだボルマンは何を目指したのか。ボルマンはベラスコに次のように語ったという。

「人間生活のなかで可能な理論が2つある。共産主義ナチズムだ。共産主義は人間を動物と同等に扱うとんでもない思想だ。その思想をつぶすナチズムこそが人類を救う唯一の道なのだ。ナチ党は大衆が支持する超人的支配者が存在すると信じている。ナチ党は世界を導く頭脳と肉体を備えた人種を生みだしたい。ナチ党はその実現達成をめざしてSSを組織した。なぜならSSに選ばれた人物は、精神肉体ともに欠点がない人間だからだ。ナチ党は独自の人種を生みだすことを望んでいる。そしてそれは、遠くない将来に必ず実現するだろう」

しかし、その新しいナチズムを戦後のドイツ国民は支持するだろうか。
ナチ党の復活は期待されているのか?

「当然だ」と、ベラスコ。

それではベラスコならば、ボルマンの非難する共産主義をどう解説するだろうか。それを知ろうとしたのだが、私の期待は甘かった。共産主義思想のイロハを私自身が呑みこむまでに長い日時がかかってしまったからだ。時間がかかった理由は2つあった。その1つは、共産主義の原理を知るにはまず、ユダヤ民族の原理を知らなければ理解できない、ベラスコからそうクギを刺されてしまったことにある。まずユダヤ民族の歴史を知るための時間に追われてしまった。

2つめは、ユダヤ共産主義の根本原理が発揮されたとベラスコがいう「生きたニュース」が発生するたびに、ベラスコが背景説明をするものだから、肝心のそのユダヤ民族を学ぶ時間が失われてしまったことだった。ベラスコのいうユダヤ民族の原理を知るには、巷間で見聞する程度のユダヤ陰謀論、または頭脳明断で優れた業績を歴史に残したとするユダヤ天才民族論では、とても間に合わなかった。それに加えてキリスト教やヘブライ教典をおさらいするとなると、もはやお手あげ。私はこれまでベラスコの貴重な時間を食い散らかしてきた過去をイヤというほど自覚させられた。

 

■Part-3


ナチ党への活動資金援助の筆頭はユダヤ系ドイツ人のオッペンハイマー男爵、それにアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)の議長ポール・ウォーバーグを兄弟にもつユダヤ人銀行家のマックス・ウォーバーグら。ヒトラーは彼らからの最初の献金(100万マルク)で買った制服に身を包んだ突撃隊を組織した。

別資料によれば、ヒトラーに100万マルクの政治献金をしたユダヤ人マックス・ウォーバーグは元ドイツ皇帝ウィルヘルム2世直属の秘密諜報員。マックスはロシアのトロツキーに50万ドルの政治資金を提供している。そしてこのマックスの従兄弟にあたるフェリックス・ウォーバーグは、レーニンを封印列車に乗せてロシア革命を支援したドイツ国防軍情報部長官だった。

さらにウォーバーグ家は、フランクフルトのゲットー時代からロスチャイルド家およびシフ家、バルーク家とは類縁関係にある。しかもポールは、ロックフェラー家、ルーズヴェルト家とも結ばれていて、後年フランクリン・ルーズヴェルトを大統領に仕立てあげるために一役かっている。

ナチ党資金貢献ナンバー1のオッペンハイマー家もやはりロスチャイルド家とは深い絆で結ばれており、現在、南アフリカの金とダイヤモンドを一手に仕切る大財閥であることは周知の事実である。

こうしたいきさつがあるにもかかわらず、ボルマンがユダヤ国際資本家の資金をあてにナチ党復活をはかろうとするのはなぜなのか。またぞろ彼らの手の平で飛び跳ねるだけなのではなかろうか? あるいはユダヤ国際資本家らの一部がボルマンらを支援して、新規の戦争事業でも意図していたのか。

「そうだとも、そうでないともいえる」

ベラスコの口調はおざなりで、歯切れが悪かった。

「相手が強敵なら、その相手と組むことだ」と語ったベラスコの口癖を私は思いだした。あの言葉には不誠実さが含まれてはいないかとたたみかけてみた。

「とんでもない、それが敵(ユダヤ)の知恵というものなのだ」

臨機応変、つまり要領の良さをベラスコは「知恵」と呼んだ。その知恵で潜水艦を含む諸経費をユダヤ国際資本家らと「提携」してまかなおうというわけか。

 

■Part-4


ナチ党は「ユダヤの知恵」を使って国際資本家の庇護を活用しながら、最後はボルマンがドイツを乗っ取るつもりなのか?

「そんな手口は不要だ。大衆は必ずユダヤ(国際資本家)の悪事を許さない」、とベラスコ。

しかしその場合、ボルマンやベラスコの体内に流れるユダヤ人の血をどう説明するのだろうか。あるいはそんな疑問は無用なのかもしれない。

ユダヤ資本家らはカネと難民とヒトラーを巧みに組み合わせて、彼ら一流のマッチ・ポンプ方式でドイツを乗っ取ったのだとすると、ヒトラーはユダヤ民族によるドイツ支配の前さばき役として使われた操り人形だったことになる。ボルマンも最後は追い出されるユダヤ人の役回りなのか。

それとも、ヒトラーは、それまで体内に宿り続けた寄生体ユダヤを国外に追放しようとしたものの失敗、結果的にはユダヤ献金団を裏切り、その代償としてナチ党をつぶされ、敗戦に追い込まれたという筋書きになるのだろうか。

「ヒトラーはユダヤ人以上の目的を抱いてしまった」とベラスコ。そのユダヤ人以上の目的というのは、純粋なキリスト教精神つまり反ユダヤ志向という意味か。

「そうだとも、そうでないともいえる」と歯切れが悪い。

 

 

資料によっては、1928年以降、ナチ党の「初期投資家のユダヤ資本家」に工場などの資産を奪われないために、「非ユダヤ系ドイツ人実業家」が代わってそれらをまかなっていると述べたくだりがある。それを見るかぎりでは、ヒトラーはユダヤ人を裏切ったようにも見える。

しかしヒトラーはナチ党生みの親のユダヤ人を、戦争の危険から遠ざけるためにドイツから逃がしたとする資料もある。終戦まぎわのベルリン地下官邸でアメリカの原爆開発情報を入手したヒトラーは、開発状況を「アメリカの友人たちも気にしているだろう、聞いてみよう」とつぶやいている。

その「アメリカの友人」らとは、欧州戦争で資産を失うのを回避してアメリカに拠点を移したユダヤ人資本家らを指している。非ユダヤ系のドイツ人実業家がアメリカに避難するはずもない。

いずれにせよ、ヒトラーとユダヤ人の連携は表向きには絶縁したように見せてはいるが、実は地下で確実に連携していたと見ることができる。ヒトラー敗北の筋書きは簡単には書けそうにない。



ところでボルマンもまた反ユダヤをうたったヒトラー同様、反共産主義つまり反ユダヤ主義を標傍するつもりか?

「そのとおりだろう」とベラスコ。

しかしナチ党の前歴は、ユダヤ資本家のみならず、世界の市民の信用を失わせてしまったのではないのか?

「そこがユダヤ人資本家らの真骨頂なのだ」

つまり、利益のためなら、昨日の敵を今日の友として関係復活させる、あるいは別人をつくり上げて信用をかちとる行為になんら躊躇しない民族、したがって政治資金も人材もなんなく集まるということらしい。ヒトラーは「アメリカの友人」の真髄を見通していたのだろう。

ところで、非合法で国境をこえさせる地下組織、偽造旅券を堂々と発行する公官庁、逃亡用の潜水艦や新型乗用車、それに燃料や通信、世界各地に点在するスパイ協力者の聖職者と教会、それらをまかなう莫大な資金は、戦前から現在まで連綿としてユダヤ資本家が支給しているのか。それに、第三次世界大戦どころか現在起きている大小の局地戦争用にさえユダヤ人の資金が直接あるいは間接に支出されていると見るべきなのか。

「それはなにも驚くべきことではない。和平は戦争の一時的中断にすぎないからだ」とベラスコ。

 

■Part-5


ヒトラーはユダヤ民族の流儀を決める生存原理の一犠牲者だったのだろうか。もし世界大戦がユダヤの両建て主義を含んで出発した「戦争事業」だったのならば、両建て主義の欠陥(ユダヤ内部抗争)がヒトラーをつぶしたのだとする証拠の1つを挙げることができる。

それは、モスクワのユダヤ資本家イリヤ・エレンブルグ(小説家として著名)がヒトラーのソ連侵攻に激怒し、アメリカユダヤ資本家団の支援を強引にとりつけてアメリカを参戦させ、ヒトラーをたたきつぶしたとする例である。

『ニューズウィーク』誌によれば、イリヤ・エレンブルグはロシア人でありながら、第二次世界大戦中のアメリカの軍事全般を自由に動かした男だという。つまり、ヒトラーらの支援者よりさらに手強いユダヤ資本家が存在すれば、おのずと弱いユダヤ資本家はつぶされることになる。

スターリンを支援したユダヤ資本家と、ヒトラーを支援したユダヤ資本家のウォーバーグやオッペンハイマーらの資本家間の両建て主義争いの結果が、ナチ党ヒトラーを崩壊させたのだろう。ヒトラーを見限ったユダヤ資本家が占い師や側近の閣僚、軍人やスパイなどをヒトラーの周囲に送りこんで戦争そのものを葬り去ったとみたほうがよさそうだ。

第一次と第二次の世界大戦は、二派に分かれたユダヤ資本家らの争いに起因した、とする話をベラスコは私に語ったことがあった。両建て主義の構造からみれば、なるほどと思わざるをえない。



次の話は、ヒトラーの応援団と連合軍の応援団のユダヤのあいだの力関係をはっきりと示している。

1943年頃、ベラスコがイタリア首相ムッソリーニの娘婿でバチカン大使のチアーノに会ったさい、ベラスコはチアーノ大使にスペイン外相スニエールから託された伝言を手渡した。その伝言は「わが一族の墓石が連合軍の爆撃で破壊されなかったかどうか気になっている」、といった内容だった。

スニエール外相はフランコ首相の義弟。伝言の主旨をいってしまえば、スイスにいるOSSのアレン・ダレスに、イタリア爆撃の際は我々ユダヤ一族の墓所を避けて爆撃するようアイゼンハワー連合軍司令長官に約束させてほしい、といわんばかりの要請だった。

この挿話はヒトラー追放の理由とは直接関係はないが、戦争を支配する人々の地位と戦争観をズバリと示している。なぜなら、とくに戦火で失ってはならないもの、その逆に戦争で消してしまうべきものを、その伝言は明瞭にしているからだ。

「ユダヤは民族資産形成がゴール(目標)ではない。彼らにとって重要なのは自己の種族と宗教なのだ」と繰り返し語ってきたベラスコのユダヤ人観を、この挿話は思い起こさせる。

それにしても興味深いのは、ここでいうユダヤ人の金銭感覚だ。創設当初のナチ党に100万マルク支援した2人のユダヤ人、オッペンハイマーとウォーバーグたちは、ナチ党崩壊と同時に西ドイツ政府から賠償金20億ドルを逆払いさせている。

ベラスコが言う通り、たとえばボルマンがナチ党復興活動を開始すれば、ユダヤ資本家らは昨日までのヒトラーの裏切りをきれいさっぱりと忘れてナチスの新党を新投資先と判断するのだろう。ヒトラーはやはり戦争代理人でしかなかったようだ。

 

 



── 当館作成の関連ファイル ──

ヒトラー暗殺未遂事件と第三帝国内の裏切り者たち 

 


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第5章

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